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ぶうぇはは!

 投稿者:DTニートメール  投稿日:2006年11月17日(金)22時54分30秒
  会社辞めたら収入増えた!
全部こいつのおかげだぜ!

http://condome.chips.jp/jm/32323/

 
 

50歳の母なんですが。。

 投稿者:みえこメール  投稿日:2003年12月15日(月)21時39分12秒
  46歳の時、右の首(血管)のところがブクブクと激しい音が
していたので心配になり、受診する。
 循環器内科で大動脈炎症候群と心臓弁膜症と診断される。
症状は眼前の暗黒感、動悸、息切れなどがあり、内服しながら
(バイアスピリン、ラシックス、プロプレス、ノルバスク、ロコナール、
カルナクリン)経過観察している。
 今年に入り弁膜症が(Ⅳ°)になっており、手術をした方がいいと
言われていますが左の総頚動脈かかなり狭窄しており手術は難しい
ようです。(左が91%、右64.5%)
 母も家族の皆も不安な日々を過ごしています。
弁膜症の手術ができればいいと思ってます。
 

訂正

 投稿者:みさき  投稿日:2003年11月 3日(月)21時17分46秒
  退院は昭和46年4月でした。  

発病時

 投稿者:みさき  投稿日:2003年11月 3日(月)19時13分58秒
  34年前の16歳の時。昭和44年9月半ば。40度以上の高熱を出し、近くの診療所を受診。処方して頂いた薬を飲んだ結果、37度位まで熱が下がったのを確認後は熱も測らず受診もしないままで登校。1ヵ月程経った頃から左肩甲骨辺りの1点が1~2秒キリキリと痛むようになる。初め何日かに1回だった痛みの回数が徐々に増し、痛む時間も長くなる。11月~12月頃には体育の授業でのランニングでは息切れしないのに、バレエのレッスンで跳躍をすると直ぐに息切れするようになる。少しやせてきていたようで「ダイエットしてる?」と聞かれる。左腕が時々だるく感じマッサージをしてもらう。(これらの症状を私自身病気とは全く関連付けられていないのが不思議!?)
年末年始頃に38度位の発熱。昭和45年1月半ば、夜8時頃になると左右の肩甲骨付近にジンマシンが出る。3ヵ日間続いたところでようやく異常だと思い県立病院で受診。血液検査の結果で入院が決まる。38度以上の熱が続き、左頚部に痛みを感じるようになり毎日ルゴールを塗布される。(小学生の頃から扁桃腺肥大ではあったが・・・頚部の痛みは血管痛であると診断されていなかった。)背中の痛みは無くなっていたように思える。リュウマチ熱と診断されプレドニン投与が始まる。心雑音があると言う事で心臓内科医にも診てもらったが「通常低年齢で自然に塞がる部分が、まれにこの年頃になっても完全に塞がらない場合があり、それで雑音が聴こえるのだろうが余り心配する事はない。」というような内容。
プレドニン投与が始まるとすぐに熱は平熱に下がったが、プレドニンの量がある程度減ると一気に38度以上に戻り、プレドニンの量も最初に戻る。この状態を何度か繰り返すうちに4月を迎え「春休みまでには・・・新学期までには退院できるから・・・」の先生の言葉も空しく、結構心はズタズタ。
5月大学病院に入院。偶然(右側にはすでに別の医学生がきていたので)左手の血圧を測ろうとした医学生によって血圧が測り難くなっているのを発見される。まもなく大動脈炎症候群と診断される。プレドニン投与による治療が再開したのも束の間、胃からの出血が起こり中断。しかし結局他の治療法がないという事で、胃の粘膜を保護する為の点滴注射を毎日1本打ちながら、プレドニンと免疫抑制剤を併用した治療が始まる。先生から「長くは掛かるが、命を脅かすような事は無い。」と言われ、肝を据えて入院生活を送る事を決める。7月のある日頚部の痛みのある所を探っていると目の前の景色が白黒になり、びっくり!
プレドニンの量は本当に微量ずつではあるが確実に減っていき、プレドニン0mgになってしばらく、点滴も必要で無くなった昭和45年4月上旬退院。
その後、この病気に関しては3~4年の間に他の薬の服用も無くなる。現在も頚動脈雑音、上肢血圧左右差など幾つかこの病気が原因と考えられる所見があり、経過観察の必要があるものの安定した状態を維持。
 

発病は?

 投稿者:まっつメール  投稿日:2003年 9月19日(金)22時43分13秒
  前回wankoで簡単に書き込みしましたが当時を振り返ってもう一度・・・書き込みます。
発病二年前から委託の宅配業をしていました。365日休み無く、家業の建設業の経理もしていました。なんかおかしいと感じ始めたのは、46歳の初夏。右腕がだるくハンドルを持つのが苦しくなり、作業着の左襟を摑んで片手で運転するようになり、20kgまでは左肩に担いで配達。30kgを超えるときは日曜に主人に応援を頼みました。
その状態から六ヶ月を過ぎ、病院にも行けない仕事に見切りをつけ、所長と喧嘩して仕事をやめた翌日市内の公立病院の(自己判断で腱鞘炎かもと・・・)整形外科へ
一ヶ月間腱鞘炎の薬を飲んでも治らず、担当医師が現病院に紹介。
11~12月の間、サーモ、エコー、超音波、X線、シンチ、MRIなど立続けに検査が入り
右手首脈触れず、痺れと冷感炊事をすると手は氷のようで他人の手のような感覚でした。
真っ白い右手は浴槽の中で急激に暖められ、紫色から真っ赤になり痛みが走り、風呂から上がるとまた真っ白に逆戻り。クリスマス前日に大動脈炎症候群という病名を告げられ、
年内にカテーテル検査をすればと言われたけれど、翌年に延ばしてもらったのです。
右鎖骨下動脈狭窄。この時から薬を投与されました。
病名決定から五年近く、しばらく落ち着いていたのですが今右の首から肩、腕と重苦しくなり又検査に入ります。
 

発病は25歳です

 投稿者:はなうたメール  投稿日:2003年 8月29日(金)23時59分26秒
  発病は25歳で、現在33歳の女性です。
25歳の夏に沖縄旅行に行ったら、暑いはずなのに暑くない、汗が出ない・・・
さすがにこれはおかしい、と思って旅行から帰ったら、その後
37度後半の熱が1週間ほど続き、その後39度の熱が出たり下がったり
(たぶん解熱剤を飲んでいたから)が、3~4日続きました。
いったん平熱(36度台)に戻りましたが、またすぐ発熱。
抗生剤を飲んでも熱が下がらず、検査入院になりました。
(その時点で、血沈が120、CRP13、白血球が異常に多かったです)
あらゆる検査をしても、特にひどく異常がある訳でもなく、1ヶ月が過ぎたころ
病室に先生が急ぎ足でやってきて、首に聴診器をあてました。。。
血管雑音がある、ということで、CTや血管の写真を撮って、高安病と判明しました。
担当医の先生が、文献を見て、もしかして、と思って下さったみたいです。

その頃は、仕事も忙しくて、帰りが11時なんてざらでした。
その年の5月に、頭の割れるような頭痛が3日間続いたり
休日になると微熱が出たり(今思うと、平日も出ていたかもしれません)
急に痩せたり(2~3ヶ月の間に、ベルトを3回くらい切った)
異常なことがたくさんありました。
プライベートでは、結婚話が進み始めたり、車の運転を始めたり。。。
(これは関係あるか解りませんが、かなりのストレスだったと思います)
あとは、とにかく不規則な生活でした。

炎症は、頸動脈(左右)と鎖骨下動脈(右)にあります。
血圧の違いや、脈がふれない、ということはありません。
自覚症状は、発熱と倦怠感が主でしたが
今はコントロールできているみたいで、自覚症状はありません。
プレドニゾロン40mgから始めて、現在は11mgです。
いつも、このHPを見させていただいています。私のことも少しはお役に
立てるかな、と思い、書き込みしました。
 

無題

 投稿者:wankoメール  投稿日:2003年 8月19日(火)08時30分1秒
  鎖骨下大動脈が50%狭くなっているということでブレドニン15mmワーファリン、小児用バッファリンなど服用することになり貧血の状態も数値的にひどい状態だったので仕事もやめざるを得なかった。三ヶ月たち糖尿病発症。血糖値865で緊急入院。下肢に麻痺が起こり意識障害。子宮筋腫が以上に大きくなり痛みがひどく再度緊急入院ワーファリンを飲んでいたため出血量が多く死ぬのかなと思いました。  

発症時

 投稿者:wankoメール  投稿日:2003年 8月19日(火)08時07分2秒
  46歳の時6ヵ月ほど身体のだるさ、腕の重みなどを経験しながら仕事による腱鞘炎ぐらいだろうと思っていました。病院に行き腱鞘炎の治療をしてもらっていましたが一ヶ月たっても直らず、現在の病院を紹介され一ヶ月ほど検査の連続で結果が大動脈炎症候群でした。現在51歳。いまだ変わらずです。  

(無題)

 投稿者:夢幻  投稿日:2003年 8月 7日(木)14時32分53秒
  一番初めの症状は風邪だったと思います。21歳の頃、38~39度近くの熱が続き、左の耳の付け根が痛く感じるようになって、近くの耳鼻科に行きました。そこでの診断はやはり「風邪」でした。抗生剤を貰って飲み続けたのですが一向に良くならず、抗生剤も強いものへと替えていきました。暫くして、食べ物が痛くて飲み込めなくなり、血便が出たのでこれはおかしいと言う事で総合病院へ行きました。最初に耳鼻科に行ったのですが、耳・咽喉とも異常がないので内科に回され、血液検査でCRPが6で白血球数が12000ありました。熱も38.5位。何が原因かはわからなかったのだけれど、血便もあったのでとりあえずすぐ入院をして検査を受けましたが、はじめの1ヶ月半は首から下の検査全て行いましたが異常はありませんでした。熱自体も抗生物質を点滴で入れても効果なしで、でも自然に37度位にまで下がったので一時退院しました。その後の通院でひょんな事から「実は首が曲げられないんです」と話したところ左の頚動脈のところに聴診器を当て、そこが原因である事が判明しました。自分で手で触っても脈動ではなく、ザーザーとした感じでした。再度検査入院をして、血管造影を行ったところ、マッチ棒のような動脈瘤ができていました。プレドニン30から始め、2年で離脱。今に至っています。
しかし私の場合、自覚症状的には首が曲がらなくなったのは検査を受ける1年位前からでした。熱も昔から37度台くらいの熱が続く事は良くある事なので、ほっといたのですが流石に食欲はあるのに食事が飲み込めないことが辛くて受診しました。食い意地張っているお陰で早く発見する事ができたようなものだなと感心しています。
 

訂正

 投稿者:Rei  投稿日:2003年 4月18日(金)15時14分45秒
  下段、39歳発病、訂正します。29歳!の間違えです。  

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