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お久しぶりです。
今は使うのかも知れませんが、少林寺拳法では道着とは使わないで、道衣と言います。
私のように長い休眠から覚めて復帰した者は、浦島太郎のように、周りが見えなくておろおろする時があります。復帰して10年経ったので少し順応できるようになりましたが。
道衣を道着と使うのを見ただけで、不快まではいきませんが違和感を覚えます。
しかし、道衣で移動や外出は違和感を覚えないのです。
ただ、道衣の下に靴下、靴は気持ちが悪いし足袋に草履か下駄にして欲しいと思います。
卍の時はポケットにして、タバコを入れていた先生が多く、ペンを指していた先生も本部の山門の方も沢山いらっしゃいました。
人前で着替えたり、身動きできないぐらい込んでいる更衣室よりは、タクシー移動なら、上着を着て道衣を着たほうがお勧めです。
一般常識から見たらどうなのでしょう。
道場も夜、通ってくる時、子どもは道衣を着て来させます。本部道院でもそうです(本部は場所柄特別かも)。
それよりは、道衣の時は個人ではなく、拳士として、所属も名前も分かるのですから、衿を正して行動をとってもらわないと、とは思います。
道衣で電車に乗るのは見苦しいとは思います。
感覚や常識は人によって違うし、昔拳士の人が見たら、開祖の時代にしていたことが否定されたり無くなったりは寂しいし、今の時代に教えられたり、教わった先生の考えがそのまま少林寺拳法全部の考えだと勘違いされることも多いと思います。
色んな人や、色んな考えがあって面白いですが、気持ちや感じ方は変えるのが難しいですね。
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